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2013年6月 3日 (月)

悲しい夜明け


今朝6時45分、後輩2人に呼ばれました。

『ゆきさん、来てください!!!』

自分の担当患者さんの部屋にいた私、2つ隣の個室に行きました。

その病室には、中学生の男の子が入院していました。

原因不明の急性大動脈解離で緊急入院し

先日、解離が進行したため緊急オペをしました。

その後も背中の痛みや腹痛が断続的にあり

不定愁訴的な様子もあったため、少しばかり『狼少年』のようになってきていました。

ご両親も付添いの疲労が強かったので

夜間は泊まらず、彼が眠りにつくころ帰宅していました。

昨夜も、お父さんが帰った時とても寂しそうに

『お父さん 帰っちゃった・・・・・。』とつぶやいていました。

その後もお薬を使いながらも熟睡できず

せん妄が進んでおりました。

うなされる彼の部屋に行ったとき

『なんで俺だけ・・・・・。』

こんな目に合うんだ、と言いたかったのでしょう。

そこで私は

『ちょっと楽しいこと考えてみようか?元気になったら何がしたい?』

すると

『テニスの試合に出たい。』

『そおかー、じゃぁもうしばらく頑張ろうね。』

と話しながらトントンしてあげると、うとうとと寝始めました。

このようなやりとりを他のスッタフとも繰り返し

かつ、お薬を使いながら明るくなってきました。

6時ころ、すやすやと寝ている彼の寝顔を確認。

昼夜逆転してきちゃったかな・・・・・と思いつつ

少し眠れた方がいいか、と正直ほっとしていました。

が、その数分後、冒頭の状況に戻ります。

呼ばれて行ったときには全身蒼白の状態でした。

それから約1時間強、あっという間でした。



ご両親を見て、流れ出そうになる涙を堪えるのに必死でした。

夜間、彼と交わした会話をご両親に伝えていいものかどうか、

伝えている途中で泣きだしてしまいそうで言えずにおりました。

日勤がエンゼルケアを終えて、ご両親が面会にいらしたときに

お顔を拝見させていただきました。



彼はテニスウエアを着ていました。

こみあげるものがありながら、それでも言えずにいた私。

帰る前、その旨を師長に伝えると

すでに師長が伝えていたようで

それでテニスウエアを持参したご両親。



大切な我が子を先に見送る親の辛さ。

量り知れないものがあります。

最後に私は、涙を流してでも昨夜の様子を伝えてもよかったのでしょうか。

もっと彼に出来た看護は何だったのでしょうか。

担当はしていなくても出来ることはいくらでもあったはず。

この思いを忘れず

彼の冥福を祈りたいと思います。

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コメント

ご冥福をお祈り致します。ご両親の無念を思うと泣けてきます。背景にMarfanとか梅毒などは隠れていなかったでしょうか?剖検がなされると良いのですが…


■クーデル・ムーデル先生■

お返事が遅くなり申し訳ありません。

本当に悲しい別れになってしまいました。

今回、ステントグラフト術を施行した医師とは別の心外の医師が、彼はもしかしたら『ロイス・ディーツ症候群』ではないか?と言っていました。
しかし私が見た限りでは、LDSの身体的特徴が1つくらいしか当てはまりません。

ご両親から剖検の承諾が頂けなかったので(ご両親からしたら当然とは思いますが)、原因不明のままです。
身体的特徴のやせ形で長身ではなかったので、マルファンではなさそうです。

自分がご両親の立場だったらどうしたかなぁ・・・と考えてしまいました。

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