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仕事

2018年6月14日 (木)

心をこめて

今の部署に異動して1年2か月。

年齢的にも、望んでいない役職にも責任が大きいと言われるわりには

あまり活躍できていない感、求められている感もなく

複雑な日々を送っております(苦笑)。

私が師長の地雷を踏みまくっているせいでしょうけど

私の看護観を持ってしたことでも、現師長には伝わらないようです。

そんなやさぐれた毎日に、一筋の光が(笑)!!!

ここ最近で2回ほど患者さんからお手紙をいただくことがありました。

お一人は退院のときに。

もう一人の方は先日、リハビリスタッフを通じて。

どちらの患者さんもプレゼントと一緒に。

「患者さんからの心付けなどはご遠慮しています。」

という方針の当院ですが、時と場合によるかなと思うのです。


(退院の時に、私たちのために沢山用意してくださった菓子折りを絶対に受け取らない師長にモヤモヤしている私・・・ケースバイケースじゃね?)



先日リハビリスタッフを通じて「あるもの」をくださった患者さんは

それと匂わせるようなことを仰っていたとき、私が「お気持ちだけいただきます。」

と言っていたのをしっかり覚えており、リハビリスタッフに託したのです。

人生の大先輩であるその患者さんがくださった「それ」は

東日本大震災の時に大量に手作りして被災者のご友人に送った物で

「家に沢山あったから。」と仰っていました。

巾着袋と小物入れ。

優しい雰囲気をまとったそれらは、患者さんの人柄を表すような温かい心のこもった手作りでした。

メモ用紙1枚に書かれた私宛のお手紙はシンプルな文章でしたが

不全麻痺のある上肢で一所懸命書いてくださったのがわかる文字で

とっても嬉しかった!



お礼を伝えに病室に伺ったときに言ってくださった言葉にも元気をもらいました。

「入院したばっかりの時、ゆきさんには本当にお世話になったし元気をもらえて本当にありがたかったの。本当にありがとうございます。今でもゆきさんの顔を見ると元気をもらえるの。」



なんて嬉しいお言葉でしょう。

私は当たり前のことを当たり前にやっているだけなのに

患者さんがこんな風に思ってくださるということは

私の看護は間違っていなかった、と思わずにはいられません。

これからも「心をこめて」看護をしたいと思います。

Sさん、本当にありがとうございます。



2016年9月14日 (水)

教育?共育?


今年度、所属部署の教育係をしています。

年々、我が子でもおかしくないような年齢差の新人さん達

と思いきや

ここ数年は社会人経験を経て看護師になりました、という人も少なくありません。

就職難だからでしょうか?

「手に職」ってやつな感じも無きにしも非ず。

まぁ、経緯はともかく。

ジェネレーションギャップという一言では済まされない事態が起こっています。



打っても響かない

どこか他人事で無責任さ満載・・・・・



そんな印象が強く

どんなフレーズを使ったら彼らの心に響くのか、毎日悩んでいます。



2015年12月22日 (火)

最近の若者は・・・(死語)




今日は所属部署の忘年会。

幹事のワタクシ、7月から張り切っておりました(笑)。

私以外に後輩たちと幹事をやるのですが・・・・・・



















テンション低~~~~~~~~っ











「ゲームですか?まとめるの大変だからやらなくていいんじゃないですか?」

「二次会ですか?行きたい人が行けばいいですよね。」

「カラオケはちょっと・・・・・。」



もうね、終始こんな調子ですよ、奥さん。←誰?w

別に強制的にやるもの、とは思ってないし、行く気もないですけど

私の持つ「幹事魂」みたいなものが無いんでしょうね。

だから仕事もそんな程度ってことですよ、奥さん。 ←だから誰?w

せっかくやるんだから参加してくれた人たちに

「楽しかった、幹事さんありがとう。」って言われたいじゃないですか。

そういうの、もう古いんですかね?








2015年11月16日 (月)

情けない。

少し前のこと。

勤務開始直前に、前勤務者の某後輩からこう言われました。

「今日みんなでこれについて話し合ったので、ゆきさんたちの意見もお願いします。」

なんだ、なんだ、また業務改善でもするのか~?と、渡された紙を見ると。



『年賀状を出すか出さないか、病棟で統一しませんか?』
      ※理由は、どうせ仕事で会って年始の挨拶ができるから。
だって。
(↑あまりにも情けない内容なので薄い色で表記)






・・・・・・・はぁっ?!

他にもっと話し合うこと山積みだろうがっ!!!
 
←心の声

ぶぁ~~~~~~~かっ!!!
 ←自主規制






一瞬、なにが起こっているのか理解できず、無言になってしまいました。

ちょっとやけくそ気味に

「じゃぁ、年末年始中お休みになる上司(師長)にはみんな出すんだよね?!」と言ったら

今度は後輩が無言・・・・・・。



も~~~本当に情けないわ、あきれるわで、どうしようもない気持ちを処理するのに苦労しました

情けなさに拍車をかけたのが

この件に賛成しているスタッフに、私と同年代の「お局」たちがいたことです。

ナニヤッテンダヨーーーーー



結局、副師長が

「挨拶の気持ちなので、病棟で統一することではないと思います。」

と書いてくれたので、自然消滅しました・・・・・。



施設によっては、年賀状の習慣がないところや個人的に親しい人にのみ出すところもあるようですが

一般企業の会社員である人たちからしたら考えられないでしょうね。 ←ウチの相方はあいた口がふさがらないという感じだった(苦笑)。


このご時世、メール・ライン・ツイッターなどのSNSの急速な普及により

私の職場に限らず年賀状を出すという習慣が減っていると思いますが

やはり、宛名や一言だけでも直筆の言葉を添えて出すのが

お互いを思いやる心につながったり

励ましたり励まされたり

仕事にいい風が吹くのではないかと、私は思うのです。



仕事上の付き合いだと思うなら尚更、礼儀を大切にするべき、

そう、これは『礼儀』だと思うのです。




・・・・・人として普通のことじゃないか?

私の考えが古いのかなぁ???・・・・・orz

2013年6月 3日 (月)

悲しい夜明け


今朝6時45分、後輩2人に呼ばれました。

『ゆきさん、来てください!!!』

自分の担当患者さんの部屋にいた私、2つ隣の個室に行きました。

その病室には、中学生の男の子が入院していました。

原因不明の急性大動脈解離で緊急入院し

先日、解離が進行したため緊急オペをしました。

その後も背中の痛みや腹痛が断続的にあり

不定愁訴的な様子もあったため、少しばかり『狼少年』のようになってきていました。

ご両親も付添いの疲労が強かったので

夜間は泊まらず、彼が眠りにつくころ帰宅していました。

昨夜も、お父さんが帰った時とても寂しそうに

『お父さん 帰っちゃった・・・・・。』とつぶやいていました。

その後もお薬を使いながらも熟睡できず

せん妄が進んでおりました。

うなされる彼の部屋に行ったとき

『なんで俺だけ・・・・・。』

こんな目に合うんだ、と言いたかったのでしょう。

そこで私は

『ちょっと楽しいこと考えてみようか?元気になったら何がしたい?』

すると

『テニスの試合に出たい。』

『そおかー、じゃぁもうしばらく頑張ろうね。』

と話しながらトントンしてあげると、うとうとと寝始めました。

このようなやりとりを他のスッタフとも繰り返し

かつ、お薬を使いながら明るくなってきました。

6時ころ、すやすやと寝ている彼の寝顔を確認。

昼夜逆転してきちゃったかな・・・・・と思いつつ

少し眠れた方がいいか、と正直ほっとしていました。

が、その数分後、冒頭の状況に戻ります。

呼ばれて行ったときには全身蒼白の状態でした。

それから約1時間強、あっという間でした。



ご両親を見て、流れ出そうになる涙を堪えるのに必死でした。

夜間、彼と交わした会話をご両親に伝えていいものかどうか、

伝えている途中で泣きだしてしまいそうで言えずにおりました。

日勤がエンゼルケアを終えて、ご両親が面会にいらしたときに

お顔を拝見させていただきました。



彼はテニスウエアを着ていました。

こみあげるものがありながら、それでも言えずにいた私。

帰る前、その旨を師長に伝えると

すでに師長が伝えていたようで

それでテニスウエアを持参したご両親。



大切な我が子を先に見送る親の辛さ。

量り知れないものがあります。

最後に私は、涙を流してでも昨夜の様子を伝えてもよかったのでしょうか。

もっと彼に出来た看護は何だったのでしょうか。

担当はしていなくても出来ることはいくらでもあったはず。

この思いを忘れず

彼の冥福を祈りたいと思います。

2012年9月22日 (土)

気管支鏡の結果


夜勤明けの4連休後に行ったら

例の子が抜管し、鼻CPAPになっていた

さすがに鼻からシューシューと勢いよく風を送られるためか

熟睡できずに泣いたりウトウトしたりを繰り返して

かわいそうなことに(苦笑)。

大人でもBiPAPしてたら眠れないし苦痛だもん。

Aちゃんも同じだよねー。

ということで

時々トリクロリールシロップを使って



でもまさかこんな早くに抜管出来るとは思っていなかったから

嬉しい驚き。

これから先は長いけれど、一緒に頑張るからね・・・って

抜管出来たから、小児科病棟に戻る方向で話が進んでるけどー。

これはこれで嬉しいような寂しいような




結局、気管支鏡の結果としては『軟化症の予備軍』だそう。

右上葉は少し奇形があるものの、気管支がペッコリ潰れることはなく

怪しいとしたら喉頭の辺り・・・?

今後、他院の医師に来てもらい、さらなる精査・評価をしてくことになった。



今日の明けでは

鼻CPAPという大変な状況ながらも

健気に哺乳瓶を吸う姿のかわいらしいこと

初めは『吸う』ことを忘れた様子だったが

徐々にチュパチュパし始め、消化もよいためミルク増量中

最初のむくんだ顔の丸さとは違った、栄養が足りた丸さに変化し

息こらえはするけれど、真っ黒になることもなくなって

本当によかった

鼻CPAP無しで自宅退院できるといいな。



2012年9月 8日 (土)

嘆願書


頼みの綱、認定看護師である後輩が崩壊した。

そして今、私の所属する職場が崩壊しようとしている。


嘆願書を作ろうとしていた矢先に

彼女から届いた一斉送信のメール。

『今までありがとうございました。』と

最後につづられた長いメールは、私を含む先輩看護師を責めているようで

読んでいるのが辛くなるものだった。

長々とつづられたその内容は彼女の心の叫びだと思った。

そしてまた、先ほど彼女の心の叫びが届いた。

『今の心情でメールをするべきではないとわかっている。誰とも話したくない、会いたくない。』という彼女。

それでも私たちにメールをしてくるのはどうしてか。

彼女に何を言えばいいのか?

何も言わなくていいのか?

今は、何かを言うべきではないのか?

同じメールを受け取っている他の人はどうしているのか?

師長・主任に責任があると思っていたけれど

彼女をここまで追い詰めたのは自分だと思った。



『嘆願書を作ろうとしていたんだよ。』と言っても

今さら彼女の心には響かないだろう。



心が痛い。

2012年9月 6日 (木)

尊敬できない


職場がゴタゴタしている。


スタッフの危機感を上司が理解できず


尊敬できない上司の元ではモチベーションはあがらない。


『そうよね、わかった。』と言うだけ番長の師長。


『なんとかなりますよ。』と軽々しく言う主任。


患者さんに何かあってからでは遅いのだ。


2012年7月 9日 (月)

気腫性腎盂腎炎その後


昨夜の夜勤で、気腫性腎盂腎炎の患者さんを見送りました。

ここ数日で多臓器不全が進み

もう治療に反応しない状況となり

連日シビアな説明がご家族にされていました。

そして昨日の夕方

次男さんが面会された後にCHDFを終了し

経過を見守ることとなりました。

準夜勤務者から引き継いだとき、血圧90台、心拍数70回/分。

時折、腹痛が辛いのか?眉間にしわを寄せていました。

そして朝5時、いわゆる〆の時間。

血圧が40台を出してからじわじわと下降し

7時30分、永眠されました。

ご家族は・・・・・

いろいろあって間に合わず・・・・・

悔いの残る看取りだったと思っています。



今回、初めて気腫性腎盂腎炎という疾患を知り

その病態の複雑さや

泌尿器科との見解の違いもあって

なかなか思うように治療が進められなかった若き主治医と

それをフォローできるだけの看護師の知識がなかったこと

自分の未熟さを痛感する症例だったと思います。



ちなみに

今朝は この患者さんの他にもう1人見送った方がいて

数時間で2人亡くなるという悲しい夜勤明けでした。

2012年6月30日 (土)

気腫性腎盂腎炎


60代 女性


既往歴;DM(コントロール不良)、C型肝炎


治療開始してから大分経つが


急性腎不全、DICと進み、感染のコントロールもままならず


回復の兆しが見えず…


入院2日目に、経尿道的尿管ステント(左)挿入し


毎日 泌尿器科医が洗浄しているが、あまりきれいな尿でもなく…


CHDFでは思うように除水できないため、全身 水浸しであっぷあっぷ状態。


そして今夜その人と、


日勤で入院した3枝病変のOMI&肺水腫で具合わるわるの男性の 2人持ち。


この患者さんもかなり具合悪し。

朝まで持つかなぁ、私(苦笑)。

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